日記・寺巡り・読んだ本・孫についてなど
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    [ 2012-02-29 18:09 ]
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本棚整理91(「変わる日ロ関係」安全保障問題研究会編)
今から10年前の平成11年に文芸春秋社から出たもので、副題として「ロシア人からの88の質問」とあるように、何故日本人が北方四島にこれほどこだわるか、ロシアの政治姿勢の問題を中心に、ロシア人の理解を求め、日ロ平和条約の締結を目ざして、書かれたものである。

日本では、なぜか明治以降ロシア文学やロシアの思想をかくも受け入れられてきたのは、おそらく日本とロシアは共に遅れて近代社会に参加した国であり、19世紀の西欧の個人主義や自由主義の思想に触れて、個人主義が急速に発展したが、伝統的な封建社会との間に、個人と社会、古い世代と新しい世代の衝突が日本でもロシアでも深刻であったからではないか。と記している。

プラグマニストで、同時に楽観的な理想主義者のアメリカ人には、長い間、ドストエフスキーを理解することが出かなかったという。それに引き換え、日本人には広く受け入れられてきたという歴史があるというのだ。

ロシア民謡に親近感を感じるのは、戦後の風潮だったからなのか。我々世代には、歌声喫茶などとともに懐かしいものがある。

確かに、レーニンやスターリンなど政治思想の面での影響は、我々世代では、戦前を否定する有力な思想として受け入れられきたように思う。深入りすることなく通過してきたことは幸いであったと思う。

驚くべきことは、外国で日本語学校が最初にできたのはロシア(1705年ピヨートル大帝が創設)であり、古事記、日本書紀、源氏物語など多くの日本古文から現代文学まで、ロシア語に翻訳されているという。中国では、日本文化の研究は殆ど行われてこなかったと比べると、大きな違いであるという。

しかし、北方四島に対するロシアの姿勢を見ると、日本人の心を全然理解していないと思えるのだが。日本がポツダム宣言を受諾し、8月15日に戦闘停止命令を出し、米国はじめ各国とも戦争をやめているのに、ソ連だけがそれを無視して、9月5日に北方四島を占領しているのだ。
しかも、「領土不拡大原則」は、国際的にも、また、ポツダム宣言にも確認されているにもかかわず、平然と無視するというやり方に日本人には承服できないものがある。こうしたロシアの政治姿勢というものは、恐らく、ロシアの伝統的な政治統治のやり方なのだろうか。最近のプーチンの姿勢を見ても、日本人との違いを感じるところがある。
by k-kazu3 | 2012-02-29 18:09 | Trackback | Comments(0)
本棚整理90(「蒋介石秘録14 日本降伏」)
1941年12月の真珠湾攻撃で日米の戦争が始まったのだが、実は、同じ日に、中国は日独伊3国に対して宣戦を布告し、米国に対して共同で日本を打倒することを呼びかけている。そして、同じ月に、米国、英国、ソ連と連合国軍事会議を提案し、12月23日に重慶で開催し、蒋介石が司会者となり、中国単独の抗日戦争を連合戦線にしているのだ。実際にはソ連は参加せず、英国はビルマ、香港、シンガポールを守ることのみを重視し、中国防衛は軽視する態度であったという。しかし、米国が中国戦線を支えるということの確約は取れたのだ。


翌年の1月にワシントンでのルーズベルトとの協議で、蒋介石は正式に連合軍中国戦区最高統帥となり、その参謀に米国のスチールウェル中将がなり、日米開戦前に中国に渡していた米国の訓練され将兵が操縦する戦闘機を含めて、在華米国空軍指揮官の権限も与えら、それまで日本が確保していた制空権を米軍が確保することになるのだ。

こうした連合軍としての中国での戦いを進めていく中で、中国は、1943年連合軍内での平等の地位を求めて、従来からの治外法権などの不平等条約の撤廃を求めてきたところ、それが認められることとなり、蒋介石は、「私の一生に二つとない喜びである」と日記に書いている。

こうして蒋介石は1943年のカイロ会談に、チャーチル、ルーズベルトと共に参加することができたのだが、1945年のヤルタ会談にはスターリンが出席し、蒋介石は参加していないのは、ソ連の参戦と中国共産党の動き、そして戦後の世界秩序に対するソ連共産党の野望があると蒋介石は、米国の共産党に対する警戒感なさについての不満を述べているのが注目されたところだ。その後の歴史は蒋介石の予測どおりになっているのだが。
by k-kazu3 | 2012-02-28 11:37 | Trackback | Comments(0)
本棚整理89(「蔣介石秘録13大東亜戦争」)
産経新聞社が昭和51年に発行したもので、全14巻で今から36年前に購入したもの。40年前の日中国交回復の翌年と翌々年に3度訪中し、文化大革命の真っ最中でもあり、毛沢東語録に引かれたこともあって、中国の歴史に日本がどうかかわってきたのかに関心があって、購入したのだと思う。

その13巻目の大東亜戦争の全貌を中国の最高指導者の蔣介石の詳細な日記を基に、世界戦争を舞台にして、いやがうえにも、引きずり込まれていく、中国動乱の悲劇が書かれているのだが、蔣介石の世界を見る目には注目すべき点が多かった。

盧溝橋事件に始まる日中戦争が長期化する中で、蔣介石が大きく動き始めた世界の政局を利用しつつ、また、スターリンの命令を受けた中国共産党の動きを警戒しながら、日本との戦いをどう進めてきたかがよくわかるとともに、日本の独善的な思い上がりが長くは続かないとの認識を示していたことは、広く世界の情報を集め、世界との結びつきを求めている点には感心するところがある。

蔣介石は、日本の南進は、ヨーロッパ戦争への介入であり、いずれ米国との衝突を招くであろうとし、それは、中国にとって有利であるとみていたようだ。

1940年9月に日本は日独伊3国同盟を調印するのだが、蔣介石は、日記に、「われわれには、むしろ願ってもないことで、抗戦必勝の局面はすでに定まっているといえる」と記し、米国の参戦を期待し、この同盟は、「ソ連が世界帝国主義をたたくために、日米戦争を誘発させるためのスターリンの陰謀だのだ」と1940年10月の日記に書いている。

そして、こうしたソ連の陰謀を知らずに、南進の安全を図るために、1941年4月日本は単独で「日ソ中立条約」を結んでいるのだ。

一方、米国の大統領になったルーズベルトは、さっそく1940年に中国への援助を開始し、日米開戦前の1941年1月には戦闘機100機を中国に売渡し、しかも、その戦闘機に米国の予備航空将兵を志願兵として参加させているのだ。すでにその時から米国は日本軍に対する作戦行動を始めているのであり、日中戦争は変質し、中米合作が進められていたのだ。日米戦争は真珠湾からというのは、表面上のことで、米軍は中国ですでに武器を供給し戦闘機を送り、搭乗員を訓練して派遣していたのであり、日本と戦を始めていたのだ。

蔣介石は、日米が話し合いで戦争を回避すべく進めていた会談に反対し、英国のチャーチルにも、働きかけて、日米の和解に反対し、日本への石油をはじめとする物資の規制強化を米国に対して説得している。そして、彼の日記には、「日本が太平洋戦争を発動したのは、我が国の古語に言う、「毒を飲んで、渇きを止める」を地で行ったものである」とし、「いわば、日本は刺激の強い毒酒をあおって、一時の興奮を求めたが、実際には、みずから絶滅を求めたのである」と書かれているのだ。



by k-kazu3 | 2012-02-27 05:51 | Trackback | Comments(0)
本棚整理88(「日本社会の歴史(中)」網野善彦著)
岩波新書として1997年に出たものの1999年版を購入したものだ。今から20年も前の話だが、著者が戦後何もないときに、若き研究者として全国の荒廃した沿岸を巡り、研究資料として各地の残っている古い文献を集め、歴史を現場の動きの中で拾い上げてきたことをよく知っていたので、その集めた文献が(実は借りてきたものだが結構多かったのだが)水産庁の戸越銀座にあった資料館に保管されていて、この資料館を横浜に中央研究所を移転する際に統合することになり、こうしたこともあって、著者の活動を陰ながら注目していたところであった。著者は1928年生まれの東大卒で、常民文化研究所研究員を経て、神奈川大学教授を1998年に退職している。日本中世史・日本海民史などが専門で、この人の書いたものも結構購入しているのが。

特に、この本で注目しているのは、平安末期になって、古代日本国が変質し、地域勢力が台頭してくる中で、東国では平将門が支配を広げ、これに対抗するように、西国では、「海賊」の瀬戸内海支配が進んできて、中央の貴族政権が揺らいでくるという歴史の展開に関心があったのだと思う。

939年、平将門が、常磐から下野、上野を支配し、伊豆を含む坂東諸国の京都から派遣されてきた国司を追い返して、新たな東国の支配者となり、また、同時期に西国伊予国の藤原純友が、備前、播磨、更には讃岐、阿波などの国府を襲撃し、瀬戸内海を事実上支配をしているのだ。

その後、保元・平治の乱で、京都でも武家の時代の幕開けとなり、平清盛の率いる伊勢平家が台頭し、安芸の宮島を中心として、瀬戸内海、北九州の海上交通を掌握し、大宰府を拠点とした中国大陸との貿易を推進し、新しい日本の基盤を築いていくなだが、まさに、今放送中の大河ドラマ「平清盛」につながるもので、改めて、この本を取出し、眺めたところである。
by k-kazu3 | 2012-02-25 04:53 | Trackback | Comments(0)
本棚整理87(「名前の日本史」紀田順一郎著)
文芸春秋社から文春新書として、平成14年に発行されたもの。著者は1935年生まれの慶応大学卒。10年ほど前の本だが、孫が生まれて、なんと名前をつけるのか関心があて購入したのだと思う。日本人の名前は、外国人に比べて、かなり多いいのだそうだ。しかも、はやり廃りがあるという。外国人、特にキリスト教文化の国では、基本的に聖書に由来する名前をつけることが多く、その数も多くはないようだが、日本では、名前のつけ方はかなり自由で、多様で、しかも時代と共に変化しているという。

最近、兄から両親の家系について調べた、結構膨大な資料を頂いたのだが、明治大正時代では、男では一郎とか四郎、五郎をはじめ、為一、健二、三枝など数字の入った名前が目立つが
昭和になってからは、全然ない。また、女性では、古くはハツだのツネ、クニ、ヨシ、ミネ、トヨなどのカタカナで書かれた名前が目立つのだが、大正昭和では子のつく名前が多くなる。しかし、最近では、子のつく名前が少なくなり、美のつく名前が目立つ。

この著者によると、女性の名前から、子のつく名前が次第になくなったいくのは、高度成長期以降のことで、「子抜き」の女性名の露払い役を務めたのは「明美」という名前であるという。

また、昭和30年代頃から、男の名前では、「男」「雄」「夫」の人気が落ちて、古典的な教養に基ずく名前が失われ、劇画やテレビなどに出てくる名前や、スポーツ選手の名前などが多く
なっているという。

核家族化が進み、名前も伝統的で、古風なものから、若い両親が時代にあった名前をつけるようになったからだというが、その通りだと思う。名前のつけ方も、文化的な一面があり、知らず知らずのうちに、日本的な特徴が出ているのだと思うと面白い。


by k-kazu3 | 2012-02-24 11:13 | Trackback | Comments(0)
ハワイ4島巡り船旅の思い出の写真
まずは、マウイ島ラハイナ沖でクジラを探している時の写真

マウイ島はオワフ島の隣の島。現在はリゾート開発が進む観光地。昔の捕鯨基地のあったラハイナからのホエール・ワオッチングと古代ハワイアンから聖地とされてきたハレアカラ山が一番の人気。かって、ラッコウの毛皮を中国に輸出する拠点となり、その後、地元のビャクダンを中国に輸出したとか。

ハワイ島コナでの沖留めしている我々の乗船した大型客船の写真

ハワイ島は、ハワイ諸島の中で最大の島。最も新しく太平洋の海底からのマグマの噴出で生まれた島。4000m級のマウナ・ケアとマウナ・ロアが中央に聳え立つ。キラウェアが噴煙を上げ、火山国立公園となっている。東のヒロは雨が多く緑の美しい静かな街。西のコナは乾燥地域で溶岩を多い。コナ・コーヒーが有名。

次は大型客船から見たカウアイ島ナパリ・コーストの写真

別名ガーデンアイランドと呼ばれる自然の宝庫。ハワイ諸島の中では最も西にある島で、最古の島とか。かって、現在のハワイ島の位置にあって海底からのマグマで誕生したのが、太平洋プレートが年間数センチづつ動いて、現在のところに移動したとか。熱帯雨林、渓谷、奇岩海岸など自然の残る島。

最後は、オワフ島ホノルルのホテルから眺めた写真

オワフ島はハワイ州の州都ホノルルがあり、ワイキキの浜など海水浴場のあるビーチタウン。年間500万人もの観光客が見え、日本からも、毎日、満席で、成田、名古屋、関空からやってくるとか。ダイヤモンドヘッドなど美しく温暖な印象的な南の国だ。高層ビルも多い。

最後は、南国の空を写した写真をお見せします






by k-kazu3 | 2012-02-23 20:27 | Trackback | Comments(0)
ハワイ4島巡りの船旅(6)
カウアイ島は6万人ほどの人口で、港はナウイリウイリという。なかなか覚えられない名前が多い。ハワイ州の州の魚といわれる口がブタの口のような形をした魚の名前は、フムフムヌクヌクアクアアアという長い名前で、覚えようとしてもなかなか難しかった。世界で最も長い名前の魚だそうだ。この島では、ワイルア川を船で上って聖地であるシダの洞窟を見物した。二つの川が合流した地点にある聖地で、昔から、この地で結婚式をするのだそうだ。

「ワイルア川 登りし森に 聖地あり」

「カウアイの 海にカメあり、クジラあり」

「雄大な 自然織り成す ナパリの浜」
 
ナウイリウイリの港で、船の中からのご来光を今航海初めて、沢山の人と見ることができた。聖地を訪ねてワイルア川を船で上った時の写真、そして、最後の寄港地での記念写真、更に、出港してから、今航海最大の絶景ポイントで、恐竜映画ジェラシックパークでも紹介されたというナパリの奇岩の続く海岸を皆で堪能している写真など4枚お見せします。









8日目の18日にホノルルに帰港する。最後は、ハワイ・プリンス・ホテルで一泊する。高層ビルにはさまれた海水プールで気持ちよく泳ぐことができた。夕方にはワイキキの浜辺を散歩し、雄大な夕日を見ることができた。

「ビル高し 海水プールで 気持ちよく」

「ワイキキの 浜で見送る 夕日かな」

以上。ハワイ4島めぐりのクルーズは、楽しい思い出と共に無事、終了いたしました。共に楽しんだのは、私の兄夫婦と姉の妹夫婦の3家族でした。皆様お疲れ様でした。










 
by k-kazu3 | 2012-02-21 13:49 | Trackback | Comments(0)
ハワイ4島巡りの船旅(5)
ハワイ諸島の中では最も東にあって、マグマの噴出しているハワイ島は1万年前にできた最も新しい島であるのに対して、最も西にあるカウアイ島は、500万年前にできた島だそうで、もとは今のハワイ島の位置にあり、太平洋プレートが徐々に西に移動してきたものだとか。今回の航海は夕方出港して、朝次の港に入港するので、なかなか夕日の鑑賞ができなかったのだが、カウアイ島に向う時に初めて夕日を鑑賞した。カウアイ島では、岩礁に打ち寄せる波で潮が泣く海岸とワイメアの渓谷を見物した。この島には野生化したニワトリが沢山いて、そちこちで鳴いていた。日本人がサトウキビ畑を開発してきたそうだが、今では、老人の島であり、また、米国人の別荘の島でもあるそうな。

「カウアイの 磯に潮吹く 音高し」

「ワイメアの 赤い渓谷 鶏の声」

「目が覚める ブーゲンビリアの 美しさ」

写真を3枚お見せします。









by k-kazu3 | 2012-02-21 12:11 | Trackback | Comments(0)
ハワイ4島巡りの船旅(4)
5日目の15日はハワイ島を半周して西側コナに入港。沖止めでテンダーボ-トで上陸。東側のヒロが雨が多く植物が豊富であるのに対して、西側のコナは、乾燥地域で溶岩が多い。コナ・コーヒーが有名であるが、この厳しい溶岩地域で栽培されたもの。4000m級のマウナ・ロア山の緩やかな稜線に囲まれた歴史の古い街。なんでも、南方から来たポリネシアンはこの地に上陸し、神を祭ったそうで、その遺跡もある。キリスト教もこの地に初めて教会を作り、その古い教会が残っている。日系人も多く、街並みはのどか。

「ゆるゆると 天まで登る マウナ・ロア」

「パンの木を 見上げてみれば コナの海」

「南より 神来らしめし コタの浜」

日本を愛するガイドさんとパンの木、浜辺の神殿、コナの街など写真3枚お見せします。











by k-kazu3 | 2012-02-21 11:42 | Trackback | Comments(0)
ハワイ4島巡りの船旅(3)
4日目14日はハワイで最も大きい島ハワイ島の東側にあるヒロに入港。火山国立公園などを見物する。ここはスピリチアルなスポット・ポイントとしてその道では有名な場所だそうだ。聞いて驚いた。地下のマグマが絶えずこの地には噴出しているそうで、たるところから煙が噴出しているのが見える。火の神様「ペレ」が住む島で、色々の神話が残っていて、この地に魅かれてやって来たという日本人ガイドの話が面白かった。

「ありがたき 火の神おわす ハワイかな」

「この岩も 太平洋の 底からか」
 
「マグマ噴く ホット・スポット キラウェアー」

写真を3枚お見せします。











by k-kazu3 | 2012-02-21 06:57 | Trackback | Comments(0)